空気時計制作工房

母屋では日記と詩を公開中です。

童話:ハーモニカの星

ユキちゃんの可愛いいお顔から
およそ「ほほえみ」というものが消えて
もう 3ヶ月が過ぎようとしていました


お庭にコスモスの花が咲いても
ユキちゃんには わかりません
だって ユキちゃんは
それを見ることができなかったから


あの日 パパと一緒にドライブ
乱暴なダンプと衝突して
頭を打ったユキちゃんは
一時的に失明してしまったのです


おまけにパパは
国道沿いのお地蔵様に
なってしまったのです


お医者様は3ヶ月もすれば直るって
いってくださったのに
ユキちゃんの目は
何時までたっても直らないのでした


そんな ある日のことでした
ユキちゃんはママにおねだりしました
「ママ、わたし カスタがほしい。」


ママはすぐに 
赤と青のカスタネット
買ってあげました


なぜ ユキちゃんがカスタを
おねだりしたかですって?
それは あのハーモニカの為なのです


最初 その音色が聞こえたのは
もう 一ヶ月以上も前のことでした
どこからともなく
その ハーモニカの音は聞こえてくるのです


最初 その音色が聞こえたのは
もう 一ヶ月以上も前のことでした
それから 毎晩 きまって8時頃になると
それは 聞こえてくるのです


一週間もしないうちに
今度は また どこかの誰かが
そのハーモニカに合わせて
ギターを弾きはじめました
そして・・・


カタン チカタン
カスタは ユキちゃんです
カタン チカタン
遅くなったり 速くなったり


ユキちゃんは まだ小さいから
ほかの楽器は ひけなかったのです


ハーモニカさんの曲は
毎晩 変わらない曲でした
それが「オールド・ブラックジョー」だとは
ユキちゃんは 知りませんでした


ある晩 ユキちゃんは
誰が楽器を弾いているのか
知りたくって 知りたくって
たまらなくなりました


でも 小さいユキちゃんは
夜おそくに お外に出ることは
できないのです
「しりたいな。」とユキちゃんは呟きました


次の晩も その次の晩も
ユキちゃんは やっぱり
誰が弾いているのか
知りたくってたまりませんでした


そこで ユキちゃんは
ママにたのみました
「ママ わたしを楽器の音の所へ連れてって。」


やさしいママは ハーモニカの
音がはじまると ユキちゃんと
一緒に外にでました
そして二人で音の方へ歩いて行きました


もちろん ユキちゃんは
カスタを たたきながら
カタン チカタン
ママの横について行きたかったのですが
ママと手をつないでいるので
手にカスタをはめていても
たたけませんでした


「ママ おんぶ。」
ユキちゃんはママにおんぶしてもらって
カスタをたたきながら
音のする方へと向かっていきました


ギターさんは すぐに見つかりました
アパートの大学生のお兄ちゃんです
ママがお兄ちゃんに言いました
「あなたも一緒にさがしに行きませんか。」


今度は 三人でさがしました
三人はハーモニカの音のする方へ
歩いていきました


それはクリーニング屋さん二階からでした


クリーニング屋さんの前まで来ると
音を聞きつけたのか おばちゃんが
目を赤く泣き腫らして 出てきました
一体 どうしたのでしょう


「どうか なさったのですか?」
ママが たずねました
すると おばちゃんは言いました
「どうぞ二階へ上がってください。」


二階にはお布団が ひとつ敷いてありました
でも 誰が寝ているのか
顔に白い布がかけてあって
顔がわかりませんでした


ユキちゃんは 布をとろうとしました
すると ママが言いました
「ユキ やめなさい。」
その人は もう亡くなっているのでした


布団のそばには
テープレコーダーがあって
ハーモニカの音は
そこから しているのでした


おばちゃんは言いました
「うちのおじいちゃん 今日の昼ごろ
 亡くなったんです 亡くなる前に・・。」
おばちゃんの声がつまりました


「亡くなる前に このテープに
 ハーモニカの演奏を入れてあるから
 夜になったら流してくれって
 言いましてね・・・。」


「それでは あのハーモニカを
 弾いていらっしゃったのは
 お宅の・・・。」
ママが言いました


「ええ、おじいちゃんは あの曲が
 とっても大好きだったのです
 体が思うように動かなくなってからは
 寝る前に ハーモニカを・・・。」


ユキちゃんには まだ何のことだか
わかりませんでした
「お兄ちゃん この人 どうしたの?」
「遠くへ行ってしまったんだよ。」


「遠くって どこなの?」
ユキちゃんは言いました
「星になってしまったのさ。」
「ふう〜ん。わたしのパパといっしょだね。」


ユキちゃんは テープのハーモニカの
音にあわせて カスタをたたき始めました
お兄ちゃんはギターを弾き始めました


テープの音が終わってしまっても
二人は いつまでも 弾き続けました
だってユキちゃんには 
まだ聞こえていたのです
遠い星の世界からのハーモニカの音が

 
そして 今は国道沿いのお地蔵様に
なってしまったパパの声も
「ユキ、がんばるんだぞ。」って・・・


ユキちゃんの
カスタの音が止まりました
お兄ちゃんも弾くのをやめました
ユキちゃんは言いました
「お星様が見たい。」と


ユキちゃんは窓ガラスに
お顔をくっつけました
夜空には たくさんの星たちが
優しく輝いていました
「ママ 見えるわ。
 わたし 見えるわ。」