空気時計制作工房

母屋では日記と詩を公開中です。

【それ】第四章 留まるもの


自己の朽ち果てゆく肉体
そこに留まる魂
魂を留めてさせるものは何?


【それ】は 素朴な疑問を懐いた
自分自身の存在といえぬ存在すら
疑問を懐かぬとゆうのに


肉体とともに 朽ち果てゆく偵察機
南仏マルセイユ沖の水底
「空気のそこでも死は訪れるさ。」


空気の底から 逃れようと
彼は夜間飛行の日々を送った
一度 離陸した物の宿命(さだめ)
何時かは 着陸しなければならない


【それ】は 彼の残留思念に語りかける
・・・プチ・プリンスは
・・・至るべくして 至るべきところに
・・・至ったのに
・・・なぜに あなたは ここに 留まる


彼の思念が【それ】を把握する


「誰かが私を見つけるまでは
 私はここに漂うもの
 見つけるべき私
 肉体は やがて自然へと帰るだろう
 でも こいつだけは多少の形を留めるだろう
 鉄屑になろうとも。」


【それ】は 偵察機を眺める
時の流れを遡り
かつての姿を見据える
同時に 彼 そのものの姿を


・・・形あるものは 形をなくし
・・・形なきものは 形を得る
・・・つまりは 崩壊と構築
・・・つまりは いろはにほへと


「色即是空 いろはにほへと
 空即是色 ちりぬるを
 諸行無常 わがよたれそつねならむ」


・・・肉体に魂を
・・・つなぎとめるもの?
・・・肉体も魂も
・・・それは 同じこと


「どちらが先でも
 どちらが後でもない。
 私の細胞 ひとつひとつに
 独自の記憶がある
 総体としての魂は
 名詞でしかない
 名詞とは
 人が それを把握するためにあるもの。」


・・・おもいだけの【それ】
・・・一人称でも 三人称でも【それ】
・・・単数でも 複数でも【それ】
・・・実体なくとも【それ】


時が流れる【それ】は不動であっても
偵察機や彼の腕輪も散乱する


「身は朽ち果て 跡形も無く
 骨すらも自然に帰そうとしている
 私という形なる形 すでになく
 私というおもいのみが ここに留まる。」


・・・留まる ゆえに
・・・残骸なるもの
・・・やがて 空気の底へと
・・・また まいもどる


「去り行くものも 美しければ
 留まるものも 美しい
 流れるのものも 美しければ
 流されるものも 美しい。」


・・・私を呼んだのではなく
・・・私が呼んだのか
・・・それは 相対的なこと
・・・私は あなたの そばにいる


「相対的なこと
 偵察機は空に向かって落ちるもの
 私は それに逆らっただけ。」


・・・空に向かって降る雨を
・・・自然の営みの再起性を
・・・私の移ろいを
・・・絶対的な尺度で


「留まろうとも 移ろうとも
 それは コンパスの針先
 一点に留まりながらも
 止まってはいない。
 コンパスの先は
 移ろうとも
 一定の軌跡上に留まるもの。」


・・・円の中心さえ 移ろう
・・・円の半径さえ 移ろう
・・・ましてや 現は平面ではない
・・・だが 暫し 中心を定めよう


【それ】は球形の荒野へと
また 移ろった